日本の食文化を「道具」で守り、継承する老舗金物問屋3代目社長の挑戦

店内にずらりと並ぶのは、鍋や釜、たわしなど多種多様なキッチン道具たち。お玉1つとっても約20種が揃い、自分に最適な1本を選ぶ楽しみがある。そんなキッチン道具の店「金山新吉」の7店舗目が、2016年11月、東京・新宿の京王百貨店内にオープンした。仕掛け人は、創業80年の金物問屋・株式会社吉安の3代目・佐藤和成氏。なぜ老舗卸問屋が自らショップ経営に乗り出したのか? そこには「日本の食文化」を守り伝えようとする熱い思いがあった。


消費者の前から消える
道具を守りたい

株式会社吉安は、1933年創業の家庭台所用品を扱う金物問屋。「情報とモノ」を小売業者に届けることを本分とし、戦前から戦後の復興期、高度経済成長期と順調に成長を続けてきた。そんな卸会社が、直営ショップを持つようになったのは、「誰かが道具を守り、伝えることで、日本の食文化を継承していかなければ」という現社長・佐藤氏の使命感に根ざしている。
キッチン道具はそもそも、小売業から見れば効率の悪い商品だ。耐久消費財であるし、流行り廃りによる買い替えもない。加えて、用途に応じて数多くの種類があり、新潟県の燕三条地域など小規模な工場で作り続けられているいい道具もたくさんあるが、それぞれの商品は数多く売れるものではない。だが、戦前・戦後から高度経済成長期にかけては、そんなことはさして問題にならなかった。ニーズに対してまだまだモノが少ない時代であったし、小売店にもさまざまな商品を並べておく余裕があったからだ。

しかしこの状況は、バブル崩壊後、経済の低迷が続く中、経済全体に効率重視の考え方が浸透するにつれて、がらりと変わってしまう。そういう小さな道具たちは「儲からないもの」として、小売店の店頭から次々と姿を消し、代わりに「比較的売れる」限られた商品ばかりが並び始めたのだ。バブルの時期に入社し、ほどなくこの大転換を経験した佐藤氏は、そこに大きな危機感を感じたという。

「会社の売り上げへの影響はもちろんですが、我々が扱っている道具のうち、数多くのアイテムがそうやって消費者の目の前から消えてしまいました。それらの道具を世に紹介する機会がなくなるということは、それにまつわる食文化や習慣も廃れてしまうということです。それを目の当たりにして、非常にかっこつけた言い方ですが、誰かが道具を残していかないとだめなんじゃないかと思ったんです」

その為には一体どうすればいいのか? 2005年に代表取締役を引き継いだ時から、このテーマについて佐藤氏の試行錯誤の日々が始まった。

同社が展開するショップ「金山新吉」では、思わず手に取って使ってみたくなるキッチン道具が所狭しと並ぶ。これらの道具を使い、自分の手で「体験」することが、食文化を継承していくことへの第一歩となる(写真は金山新吉みなとみらい店)。


食文化は体験を通じて
受け継がれるもの

なぜ、道具を残すことが食文化を継承していく上で大事なのか。佐藤氏は、それは「文化とは与えられるものではなく、体験し、経験することで作り上げられていくものだから」だと言う。「食文化というのは、成長の過程で毎日触れる中で受け継がれていくもの。その主役は食材や料理の名前でしょうけれども、脇役である道具も必ずそこに存在しています。例えばゴマを煎る道具がありますが、これが家にあって、月に1度でも使うなら、煎ったゴマはこういう香りがするんだ、と自然と子どもに伝えることができるでしょう。それは味噌汁でも卵焼きでも同じで、普段はインスタントや買ってきたお惣菜でもいいけれど、時には出汁から作り、自分で一から焼いてみる。そういう体験は、文化を身につける上で必要なことだと思うんです」。

「和食:日本人の伝統的な食文化」が、2013年にユネスコの世界無形文化遺産に登録されたのは、記憶に新しいところだ。しかし「実際に和の食文化にどのような特徴や価値があるのか、しっかりと語れるか?」となると、口をつぐんでしまう人が多いのではないだろうか。グローバル化が進む現在、海外で活躍する人は少なくないが、どれほど高い技術力や語学力があろうと、世界を見渡せばそのような人材はたくさんいる。そんな時、自分を差別化する力となってくれるのは、やはり体の隅々にまで息づいた自国の文化だ。だが実際問題として、消費者に「小さな道具たち」の良さを感じ、使ってもらうにはどうすればよいのか? その答えとして佐藤氏が辿り着いたのが、直営ショップの経営だった。

お玉1つ、フライ返し1つ取ってもバリエーションは豊富に取り揃えている(金山新吉みなとみらい店)


「道具を選べる場所」を
身近にしたい

しかし先例もなく、最初は道具をどうやって消費者の方に紹介すればいいのかもわからない状態からのスタート。100円ショップやホームセンターでもキッチン道具は手に入る中、専門店で購入するメリットを一体どうやって伝えたらいいのか? 店舗を開いてみたものの、試行錯誤を繰り返し、ヒントを求めてあちこちに足を運ぶ日々だったという。

閃きを得たのは開店から3年目を迎えたある日、東京・浅草の調理器具問屋街「かっぱ橋道具街」を訪れた時のことだ。「通りの道具屋には、我々の倉庫にある、一般のマーケットからは消えてしまった商品がたくさん並んでいましたし、しっかり商品を見たい人が来られていました。それを見て感じた、浅草まで行かなくても、そんな風に見ていただける場所を作ってみようじゃないかという思い。それがイメージの原点になったんです」。そこから紆余曲折を経て形を整え、2006年にキッチン道具屋「金山新吉」の1店舗目・アリオ川口店が開店。店頭商品のラインナップは約3000点、在庫を含めれば1万点という、あえて「非効率」を貫くキッチン道具店は、和食の世界無形文化遺産登録などの追い風も受けて、11年間で7店舗にまで広がった。

現状に対する佐藤氏自身の評価は「単にショップを作るだけではダメ。道具の良さをなんとかお客様に気づいていただかないと、商品を手にとって見てくれる人が増えない、というのがこの11年間で味わってきた現実ですね」となかなか厳しい。だが一方、ショップを立ち上げた収穫もあったという。その1つは、ディベロッパーや百貨店から出店の声がかかるようになったことだ。「ディベロッパーさんが新しいショッピングモールを作る時には、周辺に暮らす方々に意見を聞くようなんですが、そこでは圧倒的に専門店がほしいという声が高いらしいんです。なら、出店しても数字が上手くいかないこともあるとはいえ、今のやり方はまんざら間違いでもないのかなと。まだ順風満帆だとは言えませんが、これからだと思っています」という言葉を裏付けるように、昨年11月にオープンしたばかりの新宿店では大きく数字が伸びている。これを鍵として、「あの店へ行けば、自分のほしいものがきちんと揃っている」との認識を広く持ってもらうのが当面の目標だ。


鍵は消費者に
どう情報を届けるか

30、40年前は、ちょっと気の利いた店舗のキッチン用具売り場には経験を積んだバイヤーがいて、「どの鍋がいいの?」とか「このザルとあっちのザルはどう違うの?」と質問すれば、しっかり説明してくれるのが普通だった。だが今は、人員削減や店舗で人材を育てる余裕がないことから、ただ商品を並べているだけの売り場が大多数。そうして消費者に情報が届かなくなっている中、いかに商品のことを知ってもらうかが一番の問題であり、課題だと佐藤氏はいう。「例えば、ザルにとって最も大事なのは、デザインでもブランドでもなく水を切るという機能です。じゃあどういうザルが一番よく水が切れるかというと、1インチ当たりの目の数は決まっていて、業務用のザルはその基準で作られているんです。先日、その基準にのっとって、金山新吉のプライベートブランドのザルを作ってもらいました。お店に来られるお客様はもちろんそんな話は知りませんから、最初はホームセンターのザルと何が違うのかと言われます。けれど、そこでいかに水を切る機能に差がでるか、その差により味わいがどう変わるのかをしっかりお伝えできれば、納得していただけるんですね。大事なのは、その情報をいかに伝えるか。直営店は、その情報を届ける場所なんです」。
最近、全店舗で選り抜きの75アイテムにポップと説明書きを取り付けたのも、情報を伝えるための工夫の1つだ。例えば、ゴマを煎る道具に付けられたポップには「しゃれた小道具いかがですか?」の文字が躍る。「ん?」と思って思わず手に取ると、添付の説明書きで商品の特徴がわかるという仕組みだ。「まずは手にとってもらえればと。まだ説明を読んでくれる人はそれほど多くありませんが、徐々に増えていると思います」と少しずつながら手ごたえを感じているという。

「和」を感じさせる、木を使った商品もズラリ(金山新吉みなとみらい店)


理想はライバルが
増えること

そんな同社の究極の理想は、「金山新吉」と同じような小売店─ライバルが増えることだという。「我々が店舗をやるのは、消費者に道具の良さを伝え、日本の食文化を守っていきたいから。うちの店舗を見た小売業の方が、同じように考えてくれると嬉しいですし、必要とされるものが揃っていた昔の売り場を復活させてみようとか、道具の良さを伝える場所を作ってみようと思ってもらえれば、我々は卸業として喜んでお手伝いさせていただきます」。

全国どこでも似たり寄ったりのキッチン道具売り場に今、新しい風が吹き始めている。

●プロフィール
佐藤和成(さとう・かずしげ)氏
1955年3月生まれ。福岡県出身。中央大学経済学部卒。1986年、現会長の長女と結婚の後、株式会社吉安に入社。物流管理、営業、システム、企画、経理、財務と諸部門の経験を積む。2005年4月、代表取締役社長に就任。2006年には、キッチン道具屋「金山新吉」一号店をオープンし、現在全国に7店舗を展開する。

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